秋空

転職サラリーマン敗走記2:甘えと逃避と迷宮のラット

    

コンサル企業へ転職して、激務に耐えられず会社を休んだ話を前に書いた。今日はその続きを。(自分語りになりますがご容赦を)

会社に行けなくなった日から少しして、周囲のすすめもあって心療内科に行った。先生は優しい男性のかたで、「抑うつ症状」とぼくを診断した。正確には、そういう診断結果にしてくれた。

先生は言っていた。会社に行けなくなる、という人は本当に多くて、みなさん、いわゆる鬱病とは違うのだけど、休みたいときは休んだほうがいいわけだから、医師としてこういう診断書を書くこともある、と。

つまり、こういう言い方が適切かはわからないけども、手心を加えてもらったということだ。

医師の診断書の威力は絶大で、それを見せると、家族も、また会社の人事部のかたも、文句も言わずぼくの自宅休養を納得してくれた。実態は「仕事が辛くて逃げました」なのだが、権威を持った人の紙切れ(失礼な言い方だけど)ひとつで、「ではゆっくりお休みください」となる。変な感じがした。でも、だったらせっかくだし休ませてもらおう、とぼくは休養をとることにした。

もちろん仮病とは違うので、心身は疲れきっていたし、勇んで大企業を飛び出してコンサルにチャレンジしたのにあっという間に負けてしまったという後ろめたさと恥のようなものは自分の中にあった。

そういう疲労と後ろ暗さと、それから会社や周囲への罪悪感ももちろんあって、だからちょっとした対人恐怖症のようになっていた。人の目を避けるように行動した日々をよく覚えてる。

ただ、じゃあものすごく対人恐怖症だったかというと、上記と矛盾するようだけど、どこか演技めいたものもあった。自分を悲劇の主人公みたいにとらえて、「勇気を持って新天地に挑戦したけど常識を超えた忙しさに潰されてしまったかわいそうなぼく」みたいな感じに見ている部分が少なからずあった。

いや、もっと正直に言うと、かなりそういう風に自分のことを見ていた。言い聞かせていた、というか。そうしないと、本当に自分が惨めで情けなく、何ひとつ成し遂げられないまま逃げ出した阿呆だと決定してしまうような気がした。実際のところ、そのとおりだったのだが。

そう思うと、考えれば考えるほど仮病となんら変わらなかったのだなと思う。甘えである。いい年した大人が、ちょっと調子に乗って分不相応なことにチャレンジし、負けて、逃げて、でもそれを認めると自尊心が完璧に壊れてしまいそうだったので、家族に会社に医師に甘えて、仕事を休んだ。それだけの話だ。

それでも、これで良かったと今は思っている。このときにあとさき考えず逃げ出した、だから今があると思っている。

今があるといっても、何かを成し遂げたわけではまったくないし、そろそろ大成功しそうだぞ、というわけでもない。36歳を目前にして、いまだ絶賛青い鳥を探している。自分の本当にやりたいことに集中できているわけではぜんぜんない。

でも、確実にそこに近づいている実感はある。ものすごく遅々とした進みだし、遠回りもしたし、道を間違えもしたし、今だって本当に正しい道を進んでいるかは自信がないといえば、ない。

ただ、ものすごく不器用にあちこち壁にぶつかりながらも、少しずつ自分らしい生き方に近づいてきてるような、そういう感覚がある。

それは確信や自信とはほど遠い。かといって、希望的観測というほどフワフワしたものでもない。

要領も情報ももたない一匹のラットが、高い壁で隔てられた迷路で何度も行きどまりにぶち当たりながら、少しずつ少しずつゴールに近づいているような、そんな感じだ。

まったく褒められるものでも誇れるものでもないし、誰かに勧められる人生の歩み方でもない。

それでも、自分に合った居場所をがむしゃらに求め続け近づき始めているというこの一点だけは、不要領で甲斐性もない自分ながらちょっとだけエールを送ってやりたいと思っている。

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神谷ボコ について

Saas系スタートアップで営業・コンサルのお仕事しています。2歳わんぱく坊主と0歳予定の二児オヤジ。サラリーマンをしつつ、夜な夜な小説書いてはネット投稿→ https://kakuyomu.jp/users/POKOPOKKO 守備範囲は営業、転職、小説、筋トレ、音楽、家事育児。

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